東京地方裁判所 昭和56年(ワ)13784号 判決 1984年4月24日
原告 X1
原告 X2
右両名訴訟代理人弁護士 碓井清
被告 株式会社協和銀行
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 島谷六郎
同 山本晃夫
同 高井章吾
同 杉野翔子
同 藤林律夫
主文
1. 被告は、原告らに対し、それぞれ金五一二万八〇〇〇円及びそのうち別紙目録(二)の内金欄記載の各内金に対し始期欄記載の各日から支払済みまで利率欄記載の各割合による金員を支払え。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
3. この判決は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
主文同旨
二、請求の趣旨に対する答弁
1. 原告らの請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. Bは、被告調布支店に対し、別紙目録(一)の預入日欄記載の各日に、同預金額欄記載の各金員につき、同名義欄記載の各名義ないし無記名で、期間はいずれも一年(但し、同目録の番号1、2の預金は二年)とし、利息を同利率欄記載の各利率とする約定の定期預金(以下、本件各預金という。)をした。
2. Bは昭和五一年五月一一日死亡し、原告らはそれぞれ相続分四分の一の割合で相続した。
3. よって、原告らは、各自、被告に対し、各定期預金契約及び相続に基づいて、各預金額の四分の一に当たる合計五一二万八〇〇〇円の払戻し及び各預金に対する各預金日の翌日から支払済みまで約定利率の割合による利息の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1の事実のうち、被告調布支店に、別紙目録(一)記載の内容の各預金が存在したことは認め、その余は否認する。
右各預金の預金者はCである。
2. 同2の事実のうち、Bが原告ら主張の日に死亡したことは認め、その余は知らない。
三、抗弁
(債権の準占有者に対する弁済)
1. 被告は、Cに対し、本件各預金について、別紙目録(一)の解約日欄記載の各日に、Cの解約を受けて書替又は払戻をした。
2. 被告は、前項の各書替・払戻当時、Cが預金者であると信じていた。
3. 次の事由があるので、被告は、右について無過失である。
(一) 本件各預金は、いずれも、書替継続されて成立したものであるが、その書替にあたっては、常にCから被告担当者に対して書替依頼の連絡があり、これに応じて被告担当者が株式会社川田製作所の事務所を訪ねると、Cから書替の具体的内容、利息の支払等についての指示がなされ、かつ、書替に必要な旧証書、届出印鑑もすべてCが所持していた。
(二) 被告は、1記載の払戻の際、印鑑を照合し、預金証書を回収した。
四、抗弁に対する認否
抗弁1の事実は認め、同2及び3の事実は否認する。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因1の事実のうち、本件各預金が、別紙目録(一)記載の各内容で被告調布支店に存在していたことは、当事者間に争いがない。
そこで、右預金の預金者がBであったか否かについて判断する。
1. まず、成立に争いのない甲第一号証、添付の印鑑証明書の成立に争いがなく、その余の部分については、証人Dの証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証及び証人Dの証言によれば、以下の事実が認められる。
訴外株式会社川田製作所の代表取締役社長であったBは昭和五一年五月一一日に子であるC方で死亡したが、その後、Bの相続人である原告両名、E及びCの四者間で、Cの提出した資料に基づいて相続について協議がなされ、同年一一月七日、Bの実子(ただし、戸籍上は養子となっている。)である原告X1とCが、Bの相続財産をおよそ二分の一ずつ相続し、養子である原告X2及びEは放棄する旨の協議書(甲第六号証)が作成された。そして、これにより分割された遺産の中には、多数の不動産、株式のほか、被告調布支店のB名義三口合計七六〇三万一八六〇円の定期預金をはじめとして、数社の銀行、信用金庫、農業協同組合に対する三〇件余り合計一億四〇〇〇万円余りのB名義の預金が含まれていたが、本件各預金は右に含まれていなかった。右分割協議の際に分割の対象とされなかった預金としては、本件各預金の他にも、富士銀行調布支店に対して一二口合計一三二一万円、埼玉銀行調布支店に対して二口合計一四七万七〇〇〇円の無記名又は架空名義預金が存在し、これら預金と本件各預金については、Bの死亡による相続税の申告がなされていなかった。そうしたところ、右申告のされていなかった預金について、昭和五四年一〇月二六日、それらをBの相続財産と認めて、原告ら及びEらに対して、相続税の更正処分並びに過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分がなされた。そして、これを不服とするE他一名から、国税不服審判所長に対し、審査請求がなされ、同五六年六月、裁決がなされたが、その裁決において本件各預金は、前記各預金とともに、Bの預金であったものと認定されている。
以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。
2. 次に、前記甲第一号証、証人Fの証言(第一回)(但し、後記採用しない部分を除く。)及び同Eの証言によれば、以下の事実が認められる。
本件各預金のうち、別紙目録(一)の番号1(以下、単に1の預金といい、それ以外のものも同様とする。)ないし4の各預金は、Gが、5ないし13の各預金は、Fが、それぞれ被告調布支店における担当者であった時期に、いずれも従前から存在していた定期預金を解約し書替をして設定されたものである。そして、その各書替設定の際には、被告の右担当者が、BないしCから、利息分の払戻しと書替を依頼されて、調布市<以下省略>の川田製作所の事務所に赴き、B及びCの同席するところで旧証書の回収等がなされた。なお、Bは、本件各預金以外の自分の預金の証書等は、川田製作所の事務所の金庫内に保管していた。
以上の事実が認められ、証人Fの供述中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らして、採用することができない。
3. 次に、前記第一号証、第六号証、裏面の受取人欄の署名、押印部分を除き成立に争いがなく、証人F(第一回)の証言により右部分は同人又は他の被告調布支店の事務員がCの依頼によって作成したものと認められる乙第一号証の一ないし一三、第二号証の一ないし一一によれば、以下の事実が認められる。
(一) 3の預金は、Bの名義で設定されているが、その預金証書(乙第一号証の三)の受取欄に押捺されている印影は、Bの相続財産として申告のなされている富士銀行調布支店の六一四万一五四一円のB名義の定期預金(その金額により甲第六号証の遺産分割協議書中の三の(40)の三口の預金合計一一〇四万一五四一円のうちの一口と推認される。)の証書に押捺されている印影と同一のものである。
なお、証人Eは、乙第一号証の三の受取欄に押捺されている印影は自分の登録印によるものと供述しているが、右印影と、甲第六号証に添付されたEの印鑑証明書に押捺されている印影とを対比すれば、両者は一見類似するだけで異なるものであることが明らかである。
(二) 5ないし8の各預金は、すべて架空名義のものであって、そのうち7の預金の名義がB1とされているが、この四口はいずれも、従前の預金を解約書替して昭和四九年九月三〇日に設定された一八口合計八二三万八四〇九円の各預金を同五〇年九月三〇日に解約して書替をし設定されたものであり、右一八口の各預金の中には、B名義で二七万円、B1名義で四二万七〇〇〇円、B2名義で六万八〇〇〇円、B3名義で五六万一四〇九円の各預金が含まれていた。
(三) 9ないし12の各預金は、すべて架空名義のものであって、いずれも、従前の預金を解約書替して昭和四八年一〇月二一日及び同四九年一〇月二八日に設定された一一口合計七四五万三〇〇〇円の各預金を同五〇年一〇月二八日に解約して書替をし設定されたものであり、右一一口の各預金の中には、B4名義で四四万三〇〇〇円、B5名義で五〇万四〇〇〇円の各預金が含まれていた。
(四) 13の預金は、架空名義のものであって、従前の預金を解約書替して昭和四九年一一月二五日に設定された三口合計一九一万六〇〇〇円の各預金を同五〇年一一月二六日に解約し書替して設定されたものであり、右三口の各預金の中には、B名義の二七万六〇〇〇円の預金が含まれていた。
(五) 2の預金は、架空名義のものであって、その証書(乙第一号証の二)の受取欄に押捺されている印影は、8及び10の各預金の証書の受取欄に押捺されている印影と同一のものである。
(六) 1の預金は、架空名義のものであって、2の預金と同じ日に従前の預金を解約し書替して設定されている。
(七) 4の預金は、無記名であるが、それに使用されている印鑑の名義はB1であり、7の預金と同じ名義である。
(八) Cは、Bが死亡してから一カ月余り後の昭和五一年六月一二日、調布市<以下省略>の自宅において、1の預金とともに、3の預金を満期日よりも一八日前に解約し、合わせて一〇〇万円の一口の無記名定期預金に書替をし、その後も、13の預金を除く他の本件各預金について同年一一月一日までの間に五回にわたってすべて解約の上無記名定期預金に書替をしており、同年一二月六日、13の預金について解約し払戻しを受けている。そして、本件各預金とその設定以前に存在していた前記各預金においては、B1、B6、B7、B3、B2、B4等同一名義の印鑑がしばしば使用されており、それらと同じ名義の印鑑が既に認定した富士銀行調布支店に対する一二口の無記名定期預金においても多く使用されていたが、昭和五一年六月一二日以降に書替設定された前記各無記名定期預金においては、それらの印鑑は全く使用されておらず、C1、C2、C3、C4、C5、C6、C7、C8、C9、C10、C11というように従前と全く異なる印鑑が使用されている。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
以上のように、本件各預金の書替設定前の預金においてしばしばBの名前が見られること及びB死亡後における本件各預金の解約書替が、従前と全く異なる場所及び方法で行なわれていること、更に、Bはのちに詳述するように、死亡時まで川田製作所の代表取締役の地位にあるとともに、不動産、株式等きわめて多くの個人資産を有しており、これらにより年々多額の収入を得ていたと推認されることなどを総合すれば、本件各預金の出捐者従って預金者はBであったものと認めるのが相当である。
これに対して、証人Fの証言(第一、二回)によれば、5ないし13の各預金の設定の際には、Cが、印鑑や預金証書を交付して書替を依頼するなどしていたことが認められるが、証人Eの証言によれば、Bは当時八〇歳前後の高齢であり、Cはその実娘であったことが認められ、右年齢及び身分関係からして、CがBの補助ないし手足となって形式的な手続をしたことは充分に考えられるのであるから、右事実は前記認定の妨げとなるものではない。
また、前記認定に反する証人Eの供述は、前後一貫しない上、前掲の各証拠に照らして信用することができず、他に、前記認定を左右する証拠はない。
二、請求原因2の事実のうちBが昭和五一年五月一一日に死亡したことは当事者間に争いがなく、証人D、同Eの各証言によれば、Bには、右死亡当時、実子として原告X1及びCが、養子として原告X1の夫である原告X2及びCの夫であるEがあり、他に相続人はなかったことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右認められる事実によれば、原告らが、Bの死亡によって、それぞれ相続分四分の一の割合で相続したことが認められる。
三、次に抗弁について判断する。
1. 抗弁1の事実(被告がCに対し本件各預金について解約の上書替又は払戻をしたこと)は当事者間に争いがない。
ここに書替とは、前記甲第一号証及び証人Fの証言(第一、二回)によれば、旧来の預金につき解約をした後に現実に元本が払戻されるわけではないが、払戻されるべき金員によって、旧来の預金とは別に新たな預金を設定するものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、真実は預金者でない者に対して払戻をした場合はもちろん、右の者との間で、書替えをした場合にも、そのことにつき善意でかつ過失がない限り、債権の準占有者に対する弁済に準じて免責を得ることができるものと解される。
2. そこで、次に、右解約及び書替ないし払戻しについて、被告が善意かつ無過失と言えるか否か(抗弁2、3の事実)について判断する。
前記乙第一号証の一ないし一三、証人Fの証言(第一、二回)によれば、次の事実が認められる。
Fが被告調布支店において外勤を担当し始めた際、1ないし4の各預金は既に存在し、5ないし13の各預金についてはその書替設定前の預金が存在していた。5ないし13の各預金の設定に当たっては、CがFに旧預金証書や印鑑を交付して書替を依頼したのであるが、その際Fは、その預金者が誰であるかについて、BやCから説明されたことはない。また、本件各預金の解約及び書替の際には、Fは、それぞれの預金証書を回収しており、また、印鑑照合も行われている。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
しかしながら、前記甲第六号証、成立に争いのない甲第四、第五号証、証人Dの証言により成立を認める甲第二、第三号証、証人D、同E、同F(第一回)、同Gの各証言によれば、次の事実が認められる。
Bは亡夫と共にガス用のバルブ、コック類製造を業としてきたが、夫死後の昭和二五年株式会社川田製作所を設立して代表取締役社長に就任し、事業を続けた。その後、長女である原告X1の夫原告X2が取締役工場長に、二女であるCの夫Eが取締役経理担当に各就任し、Cも経理に従事し、B死亡に至った。Bは川田製作所の株式五万七〇〇〇株を保有し、最後まで代表取締役社長の地位にあった。Bは不動産、株式、銀行預金等多額の個人資産を有していた。
川田製作所は被告調布支店と銀行取引を継続し、B個人も、本件預金のほか、同支店にB名義で三口合計七六〇三万一八六〇円の定期預金等を有していた。同支店担当者Fらは度々川田製作所を訪問しており、同支店長HはBの社葬に参列している。B死亡後の昭和五一年一一月一〇日には同支店はB名義の右定期預金等の名義変更手続を行っている。
以上認定の事実関係からすると、被告調布支店の支店長及び担当者Fらは、Bが川田製作所の代表取締役社長の地位にあり、多額の個人資産を有していたこと、及び、BにはCの外に被告らの相続人があったことを認識していたものと推認することができる。この点に関する証人Fの証言(第一回)中右認定に反する部分は採用し難い。
同じく証人Fの証言によれば、次の事実が認められる。
Fは、本件各預金の預金者については、B及びCが明らかにしたがらないような印象を受けていた。さらに、Fは、Bが死亡したことはその死亡の翌日に知ったところ、本件各預金の預金者は特定できなかったが、Cと接していた際の印象からして、それはCが引継いだものと考えた。そのため、Cから、自宅に呼ばれて、3の預金について満期前に解約を告げられ、無記名定期預金に書替を求められた際も、また、それ以降昭和五一年一二月六日までの間に六回にわたって解約を受け、すべて無記名定期預金に書替あるいは払戻しをした際も、相続関係について格別確認することもないままに手続をした。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
以上認められる事実によれば、被告調布支店における本件各預金の担当者であったFは、Bの死亡後においては、たとえCが従前から本件各預金の預金証書や印鑑を所持して預金者のように振舞っていたとしても、そのことからCだけが預金者であると即断することなく、本件各預金の帰属につき相続との関連において周到な配慮をめぐらせる必要があったのであり、この点をなおざりにして単純に本件各預金の預金者はCであると考え書替又は払戻の手続をしたことについては、担当者に過失がなかったものと認めることはできず、他に同事実を認めるに足りる証拠はない。
よって、抗弁は理由がない。
四、以上によれば、原告らがそれぞれ各預金の四分の一の合計額五一二万八〇〇〇円及びこのうち別紙目録(二)記載の各内金に対し各預入日の翌日から支払済みまで約定の各利率による金員の支払いを求める本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 大前和俊 藤井敏明)
<以下省略>